
ひとりひとりの心のなかにある、それぞれの
なつかしいまほろばの風景をつなげていきたい。
そんな思いを色々な目線でコミュニティどうし語りあい
手をつなぎ、心地よい「まほろば」へ育てていく。
そんなネットワーク、広げませんか!

まほろばロードは平城京から藤原京・飛鳥京と古の都を東の山沿いに歩いて、歩くメンバーのいろいろな視点で観光の振興や町づくりに活かせる要素を調査し抽出する試みです。第8回フィールドワーク飛鳥京のいわば造幣局があった飛鳥池工房跡のある万葉文化館から飛鳥以前にに大和王権の中心があった桜井の金屋周辺とつながる「山田道」を歩きました。
<集合日時・場所>
平成20年12月21日(日) 9:10am 万葉文化館前
<行程>
万葉文化館~八釣~山田寺跡~池ノ内古墳群~青木廃寺~吉備池廃寺~安倍寺跡~安倍寺跡~安倍文殊院~JR・近鉄桜井駅前まほろばセンターにて本日のまとめ
[人]
●近畿大学文学部教授(考古学)大脇潔先生
13ページに及ぶ詳細な資料をご用意いただいた上、全行程をご案内いただきました。古代の瓦を手がかりとする考古学の専門分野を確立されている大脇先生ですが、その専門分野への確信を深めた原点に、若き研究者時代に今回訪れた山田寺跡の発掘に携わった経験があるようです。一躍有名になった飛鳥時代の伽藍の回廊発見の現場にもおられ、もちろん回廊とともに出土した飛鳥時代の瓦との出会いもあったようです。
[景観]
●入江泰吉が愛した八釣の風光
桜井市の高家(たいえ)から見た八釣の里は、入江泰吉さんが愛したビューポイントの一つ。八釣の里の千年変わらないであろう村のたたずまいの背景に畝傍山と二上山が折り重なった絶景がありました。ただ真新しいコンクリートの電柱が建っているのは、こういう特に美しい場所では地中化とかの手立てはないものかという意見も聞かれました。
[歴史]
●わかりやすい発掘時の陶板写真
山田寺跡では東回廊発掘当事者であった大脇先生の同行は特別な幸運として、発掘時の写真が陶板で展示されていたのは素人にわかりやすく好評でした。大脇先生からいただいた資料にあったCGによる復元図などの陶板展示もあればと思います。
[面白発見]
●畑の放置大根
山田寺への道すがら畑の中の道を行くと畑に放置された大根がたくさんありました。たとえば廃寺の道等のコースを作り、人が歩くようになるとその大根の無人販売も可能になることも考えられます。
[地域文化]
●お地蔵さんに花を欠かさない故郷の慣わし
青木廃寺の近くのお地蔵さんには花が手向けられていました。たぶん地元の橋本集落のしきたりと思われますが、アスファルト舗装もされていない地道の傍らのお地蔵さんも粗末にしない、日本のふるさとの民度の高さを見た思いがします。
[自然]
●落葉のじゅうたんの道
廃寺の道は落葉のじゅうたんを踏みしめて地道を歩く体験でもありました。アスファルトの道を歩くのと疲れが全然違うのも発見の一つです。
[歴史]
●青木廃寺で知った大脇先生の研究成果
青木廃寺のふもとの池の泥かけ地蔵の側に青木廃寺の案内板(桜井市教育委員会)があり「ここからは、創建当時の瓦をはじめ時代のわかる陰刻のある瓦が出土している。この寺は、奈良時代の悲劇の帝相長屋王が、父高市皇子の冥福を祈って建てたと大脇潔氏が考証」と大脇先生の業績の一端を知ることができました。
●歴史紀行は想像力で面白くなる
吉備池廃寺跡では塔の基壇を眺めながら、あそこに現在のビルでいえば25階建てのペンシルビルがあった、との説明にみんな思い思いに想像を巡らしました。背後に工場の煙突を5階建てビルのくらいと見立てると、その5倍もの高さのものがあったとは信じられませんでしたが、そのような見方をすると、何もない場所の紀行も結構面白いものであることを学びました。
[施設・建造物]
●残念な安倍寺瓦窯跡の保護屋根の破壊
今回もう一箇所訪れたのは安倍寺跡と、そのすぐ先にある安部文殊院。安倍寺跡は鎌倉時代に現在の文殊院に移転したといわれます。その移転の際、焼いたとされる瓦窯跡が5基残っています。しかし、窯跡を風雨から保護するために設けられた屋根がことごとく破壊され、屋根がないのと同じ状態になっていました。学校任せでなく民間でも歴史と伝統を大切にする郷土愛を醸成する取り組みの大切さを感じました。
今回は大脇先生から考古学という切り口のウォーキングの楽しさ、深さを学んだような気がします。
次のまほろばロードは1月下旬に山の辺の道北道の藤原台~高樋町を歩きます。
八釣の里風景
山田寺跡
安倍寺瓦窯跡